「丁寧に暮らさない」は、自分への最高のギフト。39歳での転機、家政婦の経験、そして主婦歴25年でたどり着いた『回す家事』の哲学

「丁寧に暮らさない」は、自分への最高のギフト。39歳での転機、家政婦の経験、そして主婦歴25年でたどり着いた『回す家事』の哲学 マインド

主婦歴25年。「プロ主婦®」として家事の工夫を発信している私ですが、最初から今のような「引き算の暮らし」ができていたわけではありません。むしろ、かつての私は誰よりも「丁寧な暮らし」への強い憧れに縛られていました。

憧れた「丁寧な暮らし」と、できなかった自分

憧れた「丁寧な暮らし」と、できなかった自分
優雅にお花を育てたりしたいけれど…

季節の手仕事を楽しみ、美しく整った空間で、家族のために手間暇をかける。そんな雑誌から抜け出したような素敵な暮らし憧れて、そんな暮らしがしたくて、それを目指そうとしていました。

けれど、現実は理想とはほど遠いものでした。 当時は家政婦として、人様のお宅では「仕事」として全力で家事を提供。お金をいただいているプロとして、よそでは頑張れたのです。けれど、一歩自宅に帰れば、そこにあるのは疲れ果てた自分と、思うようにいかない家事の山。「仕事ではできるのに、どうして自分の家では完璧にできないんだろう」と、理想と現実のギャップに勝手に落ち込む毎日でした。

「もっと頑張らなきゃ」「丁寧にやらなきゃ」。そんな風に自分を追い詰めていた私に、大きな転機が訪れたのは39歳のときでした。

39歳、高齢出産。動かない体がつぶやいた「もう無理」

39歳で下の子どもを出産したとき、ひどい産後の貧血と体調不良に襲われました。それまでは専業主婦として家事を工夫するのが好きでしたが、物理的に「丁寧にやっている場合ではない」という現実に直面したのです。

体力が底をつき、横になりながら荒れた部屋を見つめていたとき、ふと気づきました。「完璧な1日」を求めて力尽きるより、「機嫌よく回る毎日」を家族に提供するほうが、ずっと大切なのではないか。 自分に「ラクをしていい」と許可を出した瞬間、心の重荷がスッと軽くなったのを覚えています。

元家政婦が見た「家事」という名の重労働

家政婦として働いた経験も、私の価値観を大きく変えました。 よそで全力で働き、自宅に帰ってまた同じことを繰り返す。その過酷さを身をもって知ったとき、「家事は、お金を払って外注する人が一定数いるほど、大変な労働なんだ」とあらためて実感しました。

プロとして外注されるほどの仕事を、一人の主婦が24時間365日、無償で、しかも完璧にこなそうとする。それはあまりに無謀な挑戦です。家事をラクにすることは、サボることではなく「自分の労働環境を整えること」。そう思えたとき、便利な道具に頼ることへの罪悪感が消えていきました。

「回す家事」の真髄――習慣化とパートナー選び

「回す家事」の真髄――習慣化とパートナー選び
ルンバ

私がたどり着いた「回す家事」は、決して「サボる」ことではありません。 「丁寧」という重たい看板を下ろし、自分がやっている感覚がないほど日常に溶け込ませる「仕組みづくり」のことです。


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食洗機
食洗機

例えば、食洗機。導入するときは「狭いキッチンに置くなんて贅沢かも」と迷いましたが、今では自分を支えてくれる最高のアシスタントです。また、頑固な汚れと戦うのをやめ、泡スプレーなどの洗剤を賢く使う「準・自動化」も、私にとっては知的な戦略。

「毎日やらなきゃ」と身構えるのではなく、ついでに、こまめに、道具を信じて任せる。便利なものをパートナーとして迎え入れることで、家事は驚くほどスムーズに回り始めます。

美しさよりも「掃除がラクになる仕組み」を優先する

フィルムフックで物を浮かせた洗面台
浮かせる収納の洗面所

便利な道具と同様に、私が今も続けているのが「浮かせる収納」です。 元々は「掃除の工程を少しでも減らしたい」という切実な思いから始めた工夫でした。物を浮かせてしまえば、底のヌメリやホコリを掃除するために「物をどかす」手間がなくなります。その数秒の積み重ねが、家事の心理的ハードルをぐっと下げてくれました。

ただ、正直に言えば「浮かせる収納」は、物を隠してしまい込んでいるわけではないので、視覚的なノイズになる側面もあります。インテリアとしての美しさを優先するなら、物は見えないところに収納するほうがいいのかもしれません。

床に直置きしないように一時置きしたいものをフックで浮かせる
床に直置きしないように、一時置きしたいものをフックで浮かせる

けれど今の私は、「見た目の美しさ」よりも「掃除がラクになる仕組み」を選びます。 床に物が置かれていないだけで、掃除機がけは驚くほど軽やかになる。水回りが浮いているだけで、いつも乾いた状態を保てる。その実感が、私にとっては「丁寧な暮らし」への憧れを超えた、本当の心地よさだったのです。

「丁寧に暮らさない」は、怠慢ではない

家事ライター マミさん
テレビに出演したさいの名札(スタッフさんからいただきました)

家事をラクにするアイデアを試すことそのものが、いつしか私の楽しみになりました。その工夫をブログやSNSで発信しているうちに、それがいつの間にか家事ライターという仕事になり、私の人生を大きく広げてくれました。

もし、あの時「丁寧」にこだわり続けていたら、今の私はなかったでしょう。 「丁寧に暮らさない」という選択は、決して怠慢ではありません。自分らしく、穏やかに毎日を送り続けるための、前向きな「生きる知恵」です。

自分らしい「ラク」を肯定していい

以前の私がそうだったように、真面目な方ほど「家事をもっと丁寧にやらなきゃ」と自分を責めてしまいがちです。

でも、家事の正解はひとつではありません。丁寧じゃなくても、映えなくても、あなたが心穏やかに過ごせているなら、それがあなたの家の「正解」です。 家事の主権を、自分に取り戻しましょう! もっと気楽に、もっと自分に優しく。家事をシンプルにすれば、心はもっと自由になれるはずです。ラクに家事をしたっていい。丁寧に暮らさなくてもいい。私はそう思います。

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