「とりあえず捨てる」の、その先へ。物価高の時代に辿り着いた、モノと体を整える“新・暮らしの流儀”

「とりあえず捨てる」の、その先へ。物価高の時代に辿り着いた、モノと体を整える“新・暮らしの流儀” マインド

「いらなくなったら、捨てればいい」「身軽になるのが正解」。 そんな断捨離の考え方が当たり前になり、私自身も「モノを減らすこと」に一生懸命だった時期がありました。でも最近、ふと立ち止まってしまうのです。

物価が上がり、資源の先行きも不透明な今の時代。これまでのように「捨てて、また新しいものを買えばいい」というサイクルは、本当に続いていくのでしょうか。そして、モノを減らすことだけを目的に、まだ使えるモノの命を絶ってしまっていいのでしょうか。

「捨てること」は、スッキリはするけれど、同時に罪悪感も。いらないものをこんなに買っていたのかな…と、反省したり心が痛くなったり、「捨てる」とは、辛い行為だなとも感じますよね。

紙袋に見る「生かし切る」という知恵

紙袋を野菜室の仕切りとして使う

先日、私は「紙袋」について考えました。かつては無料で溢れていた紙袋も、今や有料が当たり前の貴重な資源です。片づけ指南書などを見ても「紙袋は捨てて」なんてよく書かれていますよね。 私も「いつか使うかも」と全部溜め込むことはしません。けれど、すぐにゴミ箱へ放り込むこともしなくなりました。

  • 野菜室の仕切りにして、汚れたら捨てる
  • 紙ごみをまとめて、そのまま資源ごみとして出す

「最初から捨てる」のではなく、「使い切ってから手放す」。 これは決して貧乏臭いことではありません。モノに与えられた役割を最後まで全うさせることは、今の時代にふさわしい「大人の知恵」であり、モノへの敬意だと、今あらためて思うのです。

クローゼットの「適正量」を問い直す

シンプルで、自分に似合う色と形に絞る

服についても、考え方が変わってきました。 以前は「一年着なかったら手放す」というルールを自分に課し、シーズンごとに大量の服を捨てていました。でも今は、着られる服をわざわざ捨てることに、強い違和感を感じています。

もちろん、似合わなくなった服や役目を終えた服は、リサイクルショップへ持ち込みます。ゴミにするのではなく、誰かに繋ぐ。その出口さえしっかりしていれば、無理に「捨てること」を急がなくてもいいのではないか。そう思うようになったのです。

究極のおしゃれは「体型」に宿る!

究極のおしゃれは「体型」に宿る!
10年以上履いているユニクロのデニム。体型が変わらなければお気に入りのものが10年以上着られる!

モノを大切に、長く愛用するためにたどり着いた結論。それは「服を買い足すこと」ではなく、「自分の体型をキープすること」でした。

私はなるべくシンプルな服を選ぶようにしています。流行に左右されない服は、土台となるスタイルさえ整っていれば、数年前のものでも驚くほどかっこよく着こなせます。 「何を着るか」よりも「誰が着るか」。 体型を整えることは、最高のおしゃれであると同時に、今ある服を一生モノに変える、一番のサステナブルな方法なのかもしれません。

自分で自分の暮らしを「まかなう」自信

物価高や時代の変化は、私たちに「自分の暮らしを自分の知恵でまかなう力」を求めている気がします。

溢れるモノをただ捨てるのではなく、あるモノをどう生かすか。 新しいモノを追うのではなく、今の自分をどう整えるか。

「捨ててスッキリ」という快感の先にある、「使い切って満たされる」という豊かさ。そんな、地に足のついた暮らしを、私はこれからも大切にしていきたいと思っています。

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